明治元年88号

太政官日誌第八十八
明治紀元戊辰年秋九月

【越後十二潟、一ノ貝ノ戦】
九月十五日加賀藩届書写三通
六月八日以来、弊藩各隊塁砦ヲ相固メ、日夜防戦候付、同月十四日平旦賊徒数ケ所ヨリ襲来候ニ付、十二潟村ハ蓑輪知太夫一中隊、大砲一門、筒葉村ハ今井久太郎一分隊、司令官吉田市兵衛、大砲一門各其手之敵ヲ邀撃追却申候、同十九日午刻過、賊徒再ヒ十二潟ニ迫リ候ニ付、蓑輪隊勇戦、遂ニ打破候、同廿一日賊徒又々来冦シ、十二潟口既ニ砲戦ニ及候処、福島村口官軍不利、同所罹兵燹候ニ付、蓑輪隊後ヲ顧ミ甚致苦戦候内、今井久太郎隊、司令官金森宗左衛門一分隊ヲ率ヒ筒葉村之藩兵ニ馳加リ薩兵ト相合シ福島村之賊ヲ横撃シ勢ニ乗シ、長兵ト共ニ福島村ヲ復シ候付、賊徒周章潰走致シ候、然ニ廿二日巳刻過ニ至リ、賊再ヒ守返シ候得共、蓑輪隊迎戦、遂ニ打払申候、同廿九日、参謀衆ヨリ、明暁惣軍進撃可有之旨、森立嶺在障之官軍ヘ申来候ニ付、七月朔日払暁、小川仙之助隊司令官高畠金三郎、兵隊ヲ率ヒ並大砲一門、薩長兵ト相合シ進テ一之貝村ノ砲台ヲ奪ヒ、村落ニ火ヲ放チ、段々進撃、西ノ又村迄焚焼シ遂ニ半蔵金ニ至リ、又転シテ荷頃村ニ出、烈敷射放致シ候内、日已ニ昏黒ニ及ヒ候ニ付、一分隊ヲ比礼村ニ残シ、余兵引纏森立嶺ニ帰陣致シ候、同日十二潟村ニ於テモ砲戦有之候得共、是亦我兵大勝利、同四日夕賊栃堀之間道、張切ト申ス所ヲ襲ヒ候由ニ付同所戌兵松本藩ヨリ松尾村出軍之弊藩春日於菟男半隊司令官中野佐吉郎等ヘ、援兵ヲ乞候ニ付、迅速一分隊ヲ発シ戮力射撃候処、賊勢敗衄、追々逃亡致シ候、右六月十四日以後、長岡口諸隊戦争事情概略御届申上候、尚死傷等左之通御座候、以上
八月
加賀宰相中将家来
赤座甚七郎
奥羽征討越後口
御総督府

戦死
蓑輪知太夫隊 安達小一郎 高木蟻之助
今井久太良隊 鈴山三右衛門 北村市之助
押村甚次郎 竹村幸次郎
大砲方 高木織之助 弾薬方 太田久之助

坂井喜久助 小池六郎
中島永之助 坂井惣太夫
栗野嘉十郎 坂本常三郎
島田助次郎 犀川庄次郎
小森栄次郎 金森宗左衛門
吉田市兵衛 二木与三郎
高桑兵左衛門 半林惣七郎
林藤与三次郎 矢野久太郎
山崎平二 森佐助
上坂乙右衛門 高尾七良吉
森助次郎 河村幸左衛門
吉田辰蔵 篝卒 一人
春自於菟男隊 篝卒 一人 同 夫卒 一人

【越後与板口、出雲崎口ノ戦】
賊徒高森、高月、坂谷村等ヘ侵入シ兵ヲ山上、海浜ヘ分配シ六月十九日払暁ヨリ致来冦候ニ付、久田村海浜ニ罷在候、弊藩斎藤与兵衛半隊、大砲二門ヲ以テ応之、長州兵軍艦ヲ以、賊之砲台ヲ横撃シ、海陸一時奮進致シ候処、賊驚惶、山田村迄敗走致シ候.同廿四日賊衆久村田村辺山上数ケ所ヨリ襲来候ニ付、弊藩杉本美和介一小隊ハ、高田援兵ト相合シ乙茂村ヨリ進軍,数度賊ヲ撃退ケ、斎藤ハ久田村山上ヨリ兵ヲ縦チ、致射撃候処、爺ケ山之賊兵、尤強悍、富山加勢之弊藩宮崎久兵衛水野徳三郎二小隊、既ニ危急ニ付、神速応援可有之旨申来、即斎藤一分隊馳向候処官軍既ニ守返候ニ付、諸隊合シ同ク勢ニ乗シ進撃致候、同日藤堂村高田兵モ苦戦之由ニテ援兵ヲ乞候ニ付、弊藩近藤新右衛門半隊ヲ発シ相向候得共、薩長援兵来候ニ付、剣ケ峰ニ致帰陣候、従是剣ケ峰、乙茂等並与板口春ケ峰在陣之春日於菟男連日砲戦、七月朔日、同六日、七日、杉本隊尤奮戦、同八日弊藩杉浦善右衛門隊、杉本隊ト相代リ、同十六日太田小又助隊、近藤隊ト相代リ尚又連日致砲戦候、右六月十九日以後、与板口出雲崎口諸隊、戦争事情概略御届申上候、猶又死傷左之通御座候、以上
八月
加賀宰相中将家来
赤座甚七郎
奥羽征討越後口
御総督府

高橋新太郎 小竹喜久太郎
松山喜十郎 中村吉三郎
坪内宇三郎 山田乙次郎
吉岡友三郎 栗山安平
竹内友之丞 中西与右衛門
笠松宇三郎 石崎覚之丞
杉浦善左衛門隊 梅原吉三郎 越村安左衛門
越野喜三郎 夫卒 一人
斎藤輿兵衛隊 夫卒 一人 篝卒 一人
杉本美和介隊 夫卒 一人 篝卒 一人

杉本美和介隊 佐倉安左衛門 木村次左衛門

【越後官軍小千谷口ニ退ク】
前月廿五日払暁、官軍諸隊大挙可致進撃之旨参謀衆ヨリ指図有之、各按軍待期候処、丑刻頃、賊徒福島村等ヨリ不意ニ侵襲シ長岡城下ニ火ヲ放チ、勢太危急ニ付、各藩諸隊追々引揚、続テ弊藩家老津田玄蕃モ、手兵引纏、柳原土手川上ニ散開シ、暫時致防戦、長兵ト同ク退テ信濃川之長堤ヲ後ニシ、一同奮激致死闘候内、蓑輪知太夫隊兵並諸藩兵モ加リ候得共、何分弾薬不相継、且参謀ヨリ引揚候様申来候ニ付、同夜酉下刻、惣軍川ヲ越、大島村ニ退キ致防戦候、同暁十二潟ハ、弊藩今枝民部一中隊並蓑輪知太夫一分隊、筒葉ハ今井久太郎分隊司令官奥田九右衛門及大砲一門山田定右衛門別ニ一分隊ヲ率ヒ相加ル、坪根ハ司令官雪野順太郎、一分隊ヲ率ヒ各猛進致奮戦候内、長岡等ニ当リ兵火相起リ、惣軍敵中ニ陥リ、一同必死ヲ極メ、奮戦、遂ニ賊兵ヲ灰島、大口迄追込申候、然ルニ賊勢盛熾再ヒ坪根等ヘ相進、更ニ争戦候内参謀衆ヨリ急速可引揚旨申来、依テ惣軍引纏、川ヲ越シ関原迄引還申候、同廿六日、来伝、森立嶺、半蔵金、浦瀬等ヘ出張之弊藩諸隊、大砲順次ニ引揚候様、指図有之、追々引取候処、賊徒共我跡ヲ追ヒ襲撃候付、各隊且戦、且退同廿八日遂ニ小千谷口迄致退陣候、右前月廿五日戦争概略、御届申上候、尚死傷左之通御座候、以上
八月
加賀宰相中将家来
赤座甚七郎

奥羽征討越後口
御総督府

家老 津田玄蕃 津田玄蕃隊 奥田定之助
加藤勇 北村甚五郎
木崎右守 中村権之助
峰本源太 下村儀兵衛
別所市郎兵衛 高桑甚太郎
松本幸左衛門 伍堂与三兵衛
木越栄三郎 宮本昌太郎
田中才三郎 今枚民部手勢 三村豊松
吉田周太郎 田申勇吉
宮本春次郎 諸田九兵衛
久徳直之助 西田甚蔵
金田伊三郎 中林助次郎
安川理兵衛 石川定次郎
鑑軍 山田定右衛門 輜重方 中村吉五郎
津田十之進隊 笹川米次郎 今枝民部手勢 夫卒一人
今井久太郎隊 夫卒 二人 篝卒 二人

津田玄蕃隊
松枝十之進 石田縫右衛門
安田周蔵 勝村初右衛門
山下鉄之助 宮村敬祐
本間昌太夫 河村竹次郎
富沢次郎吉 横井市兵衛
吉本仁三郎 蓑論知太夫隊 荒木太四郎
岸九右衛門 高橋小太郎
今井久太郎隊 三田村忠五郎 奥田九右衛門
加納八十太郎 上田与三之助
村上玉吉 河村弥三助
野村仁兵衛 津田十之進隊 大砲方 大橋左平次
当六月十四日以後、長岡口戦争之次第、別紙之通御総督府ヘ及御届候旨申越候、此段御届申上候
九月十五日
加賀宰相中将家来
広瀬五十八郎