太政官日誌 明治二年 第九十四号
明治己巳 自八月廿八日 至二十九日
東京城第五十七
○八月廿八日〈丁卯〉
【本願寺僧徒北海道教化ノ事】
御沙汰書写
開拓使
今般本願寺東門主ヨリ、北海道新道切立之儀且有志之僧徒、新開村落ヘ移住、人民教諭為致度段、願之通被差許、万事其府ヘ可伺出旨申渡候間、此段相達候事
但、北海道土地支配被仰付候藩々ヘ、為心得其府ヨリ可相達事
【山口藩北海道支配地ノ事】
〇
山口藩
今般支配被仰付候三郡之内、宗谷郡之儀ハ御用之地所モ有之候ニ付、開拓使ヘ可伺出事
【金沢外八藩北海道開拓ノ事】
〇
各通 金沢藩
鹿児島藩
静岡藩
名古屋藩
和歌山藩
熊本藩
広島藩
福岡藩
山口藩
右之藩々ヘ各通御達書写
北海道開拓之儀ハ、兼而被仰出候通リ、即今之急務ニ而、追々御手ヲ被為着候処、何分全国之力ヲ用ヒズンバ、成功無覚束、依之今般別紙地所、其藩ヘ支配開拓被仰付候間、桔据経営、実効相立候様可致事
【金沢外八藩北海道支配地ノ事】
〇
金沢藩
北見国之内、宗谷郡、利尻郡、枝幸郡
右三郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 鹿児島藩
十勝国之内、当縁郡、広尾郡、河西郡
日高国之内、様似郡、浦河郡
右五郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 静岡藩
十勝国之内、十勝郡、中川郡、大津河東郡、上川郡
右四郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 名古屋藩
北見国之内、斜里郡、網走郡
右二郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 和歌山藩
北見国之内、紋別郡
右一郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 熊本藩
根室国之内、目梨郡、標津郡
右二郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 広島藩
北見国之内、常呂郡、釧路国之内、網尻郡
右二郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 福岡藩
後志国之内、久遠郡、奥尻郡
右二郡、其藩支配ニ被仰付候事
○ 山口藩
石狩国之内、樺戸郡、雨竜郡
天塩国之内、増毛郡、留萌郡
右四郡、其藩支配ニ被仰付候事
【東京、京都両府救助米ノ事】
〇
東京府
米三千石
○ 京都府
米七百石
右窮民救助トシテ、月々大蔵省ヨリ相渡候条施行可致事
○二十九日〈戊辰〉
【鍋島侯賞典半高返納ノ事】
御沙汰書写
佐賀藩知事 鍋島直大
賞典ハ深重之叡旨ヲ以、被仰出候事ニテ願之趣不被及御沙汰段、先達テ相達候得共猶又再往懇願之旨趣、全至誠之所致、神妙之至被思食候、就而ハ北海道開拓ハ皇威隆替之所係、方今至重之御急務ニ候処、今年諸道不登、庶民凍餒之勢ニテ、目下救荒之典モ難被為捨置、旁以御用途必至御差迫リ之折柄不被為得止、乍不本意当年限リ賞典半高返納被聞食、開拓御用途ニ可被為充行旨、被仰出候事
【相馬侯陞叙ノ事】
中村藩知事 相馬季胤
民政ハ国家之基本、至重之要務ニ候処、其藩年来治教撫育隣藩ニ抽テ、先般福島辺取締被仰付候節モ、兵乱後人心紛擾之処、鎮静向格別ニ行届候段、神妙ニ被思食候、依之位階一級ヲ被進候事
○ 中村藩知事 平季胤
叙正五位
右
宣下候事
【咸臨、昇平二船開拓使所轄ノ事】
開拓使
咸臨丸、昇平丸、自今其府所管ニ被仰付候間、大蔵省ヨリ請取可申候事
二十四藩触頭ヘ御達書写
公議人ハ、執参中ヨリ可相勤旨、従前之御規則ニ有之、今般御改正、正権大参事、即チ執参ニ相当候間、此段為心得相達候事