太政官日誌第五
慶応四年戊辰三月
【太政官代へ行幸ノ事】
三月九日辰刻太政官代エ行幸被為在、御座ノ間エ出御玉座近ク三職ヲ被為召、親ク蝦夷地開拓之事件ヲ御下問有之、一同大イニ開拓可然之旨ヲ言上ス、此儀相済テ後、酒肴ヲ賜フ勅旨日先帝深厚之叡旨御継述被為遊度、至重之宸慮被為在、偏ニ寛洪ヲ以御国基ヲ被為立度思食候処、兵革草卒ニ起リ不可言之勢ニ至リ、内外御多難之砌、三職百官之輩、奮発勉励之力ニヨリ、即今粗方向相立チ候段、深ク御満足候、依之乍聊酒肴ヲ下シ賜候間、各積日之労苦ヲ可慰候、然リト雖モ、巣窟未平カス、人心深憂俱ヲ抱候得者、尚此上忠誠ヲ尽シ、志ヲ遠大ニ期シ皇威ヲ振起シ、万民ヲ安堵セシメ、宿昔之叡慮貫徹候様御沙汰候事
【天神地祇ニ御誓祭ノ事】
三月十四日、南殿ニ於テ天神地祇御誓祭被為在、公卿、諸侯会同就約ノ次第左ノ如シ
一、午ノ刻、群臣着座
公卿、諸侯母屋、殿上人南廂、徴士東廂
一、塩水行事
神祇輔勤之 吉田三位侍従
一、散米行事
神祇権判事勤之 植松少将
一、神祇督着座 白川三位
一、神於呂志神歌
神祇督勤之
一、献供
神祇督、同輔、同権、判事等立列拝送同輔 津和野侍従 点検
一、天皇出御
一、御祭文読上
総裁職勤之 三条大納言
一、天皇御神拝
親ク幣帛ノ玉串ヲ奉献シタマフ
一、御誓書読上
総裁職勤之
一、公卿、諸侯就約
但一人宛中央ニ進ミ、先ツ神位ヲ拝シ御座ヲ拝シ而後、執筆加名
一、天皇入御
-、撤供
拝送如初
一、神阿計神歌
神祇督勤之
一、群臣退出
御祭文之御写
懸久毛恐支
天神地神乃大前爾今年三月十四日乎生日乃足日登撰定天祢宜申左久今与利天津神乃御言寄乃随仁天下乃大政遠執行<波無止之天>親王卿臣国々諸侯百寮官人遠引居連天此神床乃大前仁誓<津久良波>近起頃保比邪者乃是所彼所仁荒備武比天天下佐夜芸仁佐夜芸人乃心毛平穏<奈良受>故是以天下乃諸人等乃力遠合世心遠一<津仁之天>
皇我政遠輔翼奉利令仕奉給要閉止請祈申礼代波横山乃如置高成
弖奉留形遠山乃置聞食弖天下乃万民遠治給比育給比谷蟇乃狭渡留極白雲乃堕居向伏限逆敵対者波令在給波受遠祖尊乃恩頼遠蒙利天無窮仁仕奉礼留人共乃今日乃誓約爾違波無者波天神地祇乃倏忽仁刑罰給波無物曽止
皇神等乃前爾誓乃言詞甲給<波久止>申
御誓文之御写
一、広ク会議ヲ興シ、万機公論ニ決スベシ
一、上下心ヲ一ニシテ、盛ニ経綸ヲ行フベシ
一、宮武一途、庶民二至ル迄、各其志ヲ遂ケ、人心ヲシテ、倦マサラシメンコトヲ要ス
一、旧来ノ陋習ヲ破リ、天地ノ公道ニ基クベシ
一、智識ヲ世界ニ求メ、大ニ皇基ヲ振起スベシ
我国未曽有ノ変革ヲ為ントシ朕躬ヲ以テ衆ニ先ンジ、天地神明ニ誓ヒ大ニ斯国是ヲ定メ万民保全ノ道ヲ立ントス衆亦此旨趣ニ基キ、協心努力セヨ
年号月日御諱
【公卿諸侯就約ノ事】
勅意宏遠誠ニ以テ感銘ニ不堪、今日ノ急務、永世ノ基礎、此他ニ出ベカラズ、臣等謹テ叡旨ヲ奉戴シ、死ヲ誓ヒ、黽勉従事冀クハ以テ宸襟ヲ安シ奉ラン
慶応四年戊辰三月
総裁 名印
公卿諸侯 各名印
御宸翰之御写
朕幼弱を以て猝に大統を紹き、爾来何を以て万国に対立し列祖に事へ奉らんやと、朝夕恐俱に堪ざる也、窃に考るに、中葉朝政衰てより、武家権を専らにし、表は朝廷を推尊して、実は敬して是を遠け、億兆の父母として、絶て赤子之情を知ること能さるやふ計りなし、遂に億兆の君たるも唯名のミに成り果、其が為に今日朝廷乃尊重は、古へに倍せしが如くにて、朝威は倍衰へ、上下相離るヽこと良い霄壌の如し、かヽる形勢にて、何を以て天下に君臨せんや、
今般朝政一新之時ニ膺リ、天下億兆、一人も其処を得ざる時は、皆
朕が罪なれば、今日の事
朕自身骨を労し、心志を苦め、艱難の先に立、古列祖の尽させ給ひし蹤を履ミ、治跡を勤めてこそ、始て天職を奉して、億兆乃君たる所に背かざるぺし
往昔列祖万機を親らし、不臣のものあれば、自ら将としてこれを征し玉ひ朝廷の政、総て簡易にして、如此尊重ならざるゆへ、君臣相親しみて、上下相愛し、徳沢天下に洽く国威海外に輝きしなり、然るに近来宇内大ニ開け、各国四方に相雄飛するの時に当り、独我邦のみ世界乃形勢にうとく、旧習を固守し、一新の効をはからす朕徒らに九重中に安居し、一日の安きを倫み百年の憂を忘るヽときは、遂に各国の凌侮を受け、上ハ列聖を辱しめ奉り、下ハ億兆を苦しめん事を恐る、故ニ朕こヽに百官諸侯と広く相誓ひ列祖の御偉業を継述し,一身乃艱難辛苦を問す、親ら四方を経営し、汝億兆を安撫し遂には万里の波涛を拓開し、国威を四方に
宣布し,天下を富岳の安きに置んことを欲す、汝億兆、旧来の陋留に慣れ、尊重のみを朝廷の事となし神州の危急をしらず、朕一たび足を挙れば、非常に驚き、種々乃疑惑を生し、万口紛紜として朕が志をなさゞらしむる時ハ是朕をして君たる道を失はしむるのみならず従て列祖の天下を失はしむる也、汝億兆能々朕か志を体認し相率て私見を去り公義を採り、朕が業を助て神州を保全し列聖の神霊を慰し奉らしめは、生前乃幸甚ならん
右御宸翰之通、広く天下億兆蒼生を思食させ給ふ、深き御仁恵の御趣意ニ付、末々之者に至る迄敬承し奉り心得違無之国家の為に、精々其分を尽すべき事
総裁 補弼
三月