太政官日誌・明治2年107号

太政官日誌 明治二年 第百七号
明治己巳 自十一月十三日 至廿四日
東京城第七十
○十一月十三日〈庚辰〉
【復籍人引渡ノ事】
御布告書写
脱籍無産之輩、先般復籍方被仰出候処、就中東京ハ、従来人民輻輳之地ニシテ、籍外之者来住、無産遊惰之徒不少候間、別シテ復籍方可取計之処、其時々遠国ヨリ受取人差出候儀、不都合之情実モ有之趣ヨリ、自然御旨趣難被行候テハ不相済候条、以来復籍人引渡候節ハ、其者脱籍ノ始末、幷ニ生国、親族等分明取調之上、書取相添、当人幷家族共、府藩県送リヲ以テ引渡候間、旅中入費之儀ハ、其道筋府藩県ニテ相賄可申、尢藩之儀ハ、東京藩邸ヘ可引渡候事
但、当人申立之件々、一々本国ヘ掛合候テハ、時日遷延致スノミナラス、其他不都合之廉モ有之ニ付、当人申立之趣ニ基キ、家族相添、東京府ヨリ引渡シ候ニ付、府藩県ニ於テ、深ク御旨意ヲ奉シ、引取ノ上、夫々永久ノ生産ヲ授ケ候様可致、万一当人偽言ノ次第モ有之候ハヽ、伺之上至当之処置可致事
【故兵部大輔ヘ御沙汰ノ事】
御沙汰書写
故従四位兵部大輔藤原朝臣永敏
夙賛回天之業、克策勦賊之勲、軍旅之事、大有望後図、豈料溘然謝世、帷幄喪人、深悼惜焉、因贈従三位幷賜金幣宣
明治二年己巳十一月十三日
宣旨
天皇
御璽
故従四位兵部大輔藤原朝臣永敏
贈従三位
右大臣従一位藤原朝臣実美宣
大弁従三位藤原朝臣俊政奉行
天皇
明治
御璽
二年己巳十一月十三日
○十四日〈辛巳〉
【亘理元太郎北海道支配地ノ事】
御沙汰書写
仙台藩 亘理元太郎
石狩国之内
札幌郡
定知郡
右両郡之内、其方支配被仰付候間、地所之儀ハ、石狩府ヨリ受取可申事
○十五日〈壬午〉
【諸献上物ノ事】
御布告書写
諸献上之儀、是迄之通リ弁官ヘ相伺、其献物ハ、直ニ宮内省ヘ可相納候事
【府治体裁取調ノ事】

今般東京府ニ於テ、府治体裁、夫々規則可相立被仰出候ニ付テハ、戸籍取調、且又地方ニ致関係候儀ハ、東京府ヨリ直ニ処置可致候条、其旨相心得、右等之儀ハ、東京府ヨリ之指図可受事
【東京府兵組立ノ事】
御沙汰書写
東京府
其府取締筋ニ付、兵備無之テハ不相済儀候得共、府兵取立不容易儀ニ付、当分之処、兵部省ヨリ差送リ相成候諸藩兵士ヲ以テ、府兵之姿ニ組立、約束、号令、賞罰、黜陟ニ至ル迄総テ其府ヘ御委任被仰付候事
但、重大之事件ハ可相伺、且兵部省ヘモ可申達事
○ 兵部省
東京府下取締筋ニ付、兵備無之テハ不相済儀候得共、府兵取立不容易儀ニ付、当分之処、東京府ヨリ兵士入用之見込、其省ヘ申達次第諸藩兵士人撰致シ、同府ヘ可差送、其上ニテハ、約束、号令、賞罰、黜陟ニ至迄、総テ同府ヘ御委任被仰付候得共、兼テ其省ニ於テモ、可相心得置候事
但、重大之儀処置致シ候節ハ、東京府ヨリモ其省ヘ可申達候事
○十九日〈丙戍〉
【新嘗祭御神事ノ事】
御布告書写
来ル廿四日新嘗祭ニ付、廿二日晩ヨリ廿五日朝迄、御神事候事
重軽服者幷僧尼参内可憚事
火之元別テ相慎可申幷梵鐘一切停止之事
但、出火之節ハ格別之事

来廿四日新嘗祭ニ付、勅任官以上、酉之刻ヨリ無遅々参朝可致、奏任官以下ハ、巳之刻ヨリ申之刻迄、其官省ニ於テ拝賀申上、名刺取集、其長ヨリ言上可致事
但、勅任官以上衣冠着用可致、所持無之者ハ、狩衣、直垂ニテモ不苦、奏任以下ハ直垂着用可致、所持無之者、麻上下ニテモ不苦候事
○廿日〈丁亥〉
【新嘗祭ニ付在東京華族参賀ノ事】
御布告書写
在東京 華族
来ル廿四日新嘗祭ニ付、巳ノ刻ヨリ申刻迄ニ参賀可有之事
但、衣冠之事、尢軽重服之輩ハ可憚事
○廿二日〈己丑〉
【島津斉彬贈位ノ事】
御沙汰書写
従三位源朝臣忠義
贈権中納言従三位源斉彬朝臣、先朝多事ノ際ニ方リ、身外任ニ在ト雖モ、心乃チ王室ニ存シ、子弟ヲ督励シ、闔藩ヲ鼓舞シ、上書献策、忠ヲ尽シ、義ヲ表ス、終ニ厥謀ヲ貽シテ後裔ニ垂レ、以テ今日盛業ノ基ヲ開キ候段、深御追感被為遊候、依テ贈位宣下候旨、被仰出候事
宣旨
天皇
御璽
贈権中納言従三位源朝臣斉彬
贈従一位
右大臣従一位藤原朝臣実美宣
大弁従三位藤原朝臣俊政奉行
天皇
明治
御璽
二年己巳十一月廿二日
【京都学校取建見合ノ事】
〇大学校
学校規則相立候迄、京都学校取建之儀、可見合候事
【間部松堂両京出頭被差許ノ事】

間部松堂
両京出頭被禁候処被免候事
○廿三日〈庚寅〉
【賞秩返納ニ付島津家ヘ御沙汰ノ事】
御沙汰書写
従二位源朝臣久光
従三位源朝臣忠義
賞秩返納之儀、先頃以来再三及建言候ニ付、当年限半高上納被仰付、救荒ニ被為備候処猶又今般自分幷西郷以下賞秩、一同返納及懇願候儀、全以至誠精忠、憂国之衷情ヨリ申出候段、深ク叡感被為在候得共、元ヨリ其功労ニ被為酬候厚キ思食ヲ以テ下賜候儀、決テ不可固辞旨、更ニ御沙汰候事
【無提灯厳重取締ノ事】
御布告書写
無提灯ニテ夜行之儀、兼テ被禁置候処、今般東京府下厳重取締被仰付候、就テハ以来夜五時ヨリ、無提灯ニテ往来致シ候者於有之ハ見受次第、速ニ可召捕旨、東京府兵隊ヘ御達相成候間、此旨相心得可申候、万一御布告ニ相悖リ、被召捕候テ、彼是苦情申立候共、御取上不相成候、且諸御門ニテモ、無挑灯之輩屹度指止候筈ニ付、末々之者ニ至ル迄、其主宰主宰ヨリ、厚ク可申聞置候事
○廿四日〈辛卯〉
【仙台伊達家後見ノ事】
御沙汰書写
伊達宗敏
仙台藩知事伊達宗基儀、幼年ニ付、其方ヘ後見被仰付候間、屹度藩職ヲ可尽旨御沙汰候事
【彦根藩北海道支配地ノ事】
〇彦根藩
日高国之内
沙流郡〈会所元ヨリ、東新冠郡境アツヘツ河中迄〉
右支配被仰付候条、択捉郡開拓之儀モ、猶尽力可致事

日高国之内
沙流郡〈会所元ヨリ、西勇払郡境フイハフ迄但、会所元相属候事〉
同上
按察使ヘ御沙汰書写
按察使
一、藩県ノ情状ヲ審按シ、民政ノ得失ヲ督察シ、且時宜ニヨリ、官吏ノ非違ヲ糾シ、具状可及奏聞事
一、非常警戒ノ事アラハ、管内藩兵ヲ以テ、臨機ノ処置シ、迅速兵部省ヘ可報知事
太政官