太政官日誌 明治二年 第十五号
明治己巳 自二月七日 至九日
○二月七日〈巳酉〉
【徳川、有馬、大岡諸家版藉奉還上表ノ事】
大岡越前守上表写
臣忠敬頓首再拝、謹テ奉言上候、方今大政御一新、万機御親裁之秋ト相成、昨春以来更ニ御誓約被仰出、誠以高明正大之叡旨奉感戴候ニ付、一層勉励、鞠躬尽力、従事仕度、夙夜苦心憂慮罷在候エ共、固ヨリ頑鈍微力ニテ、万分之一モ不奉報、実以恐懼戦慄之至奉存候、抑普天率浜無不王土、况忠敬受封之一隅ニ於テヲヤ、一日モ私ニ不能有之、一民モ不能攘之、自今謹テ其土地人民ヲ奉返上度天裁俯テ奉懇冀候、宜御執奏奉願候、誠恐誠惶、頓首頓首敬白
二月
大岡越前守 忠敬花押
弁事御中
有馬中将上表写
今般長薩肥土四藩、版籍返上建言之趣、至極得其当候儀ト奉存候、大体大権並立、与奪一ニ帰シ、名実相称候儀、大政御基本被為立候至急之事件、臣頼咸素願御座候、因テ同様私有之版籍返上仕度、何分一轍之天裁、奉伏願候、此段宜預御執奏度、不堪懇願之至候、誠恐誠惶、頓首謹言
二月
有馬中将
弁事御中
徳川中納言上表写
臣茂承頓首再拝、臣早春帰国己来、謭劣不肖ヲ不顧朝政ノ基礎、上言セント欲シ、表已ニ成テ未タ上ツラス、然ルニ長薩肥土四藩、版籍ヲ上ル議ヲ伝聞ス、惟フニ王政復古ノ実、誠ニ此ニアリ、故ニ臣亦版籍ヲ上ツラントス、謹テ天裁ヲ俟ツ、別表ハ臣往日区々ノ鄙衷ナリ、附シ上ル、若シ朝議参考ノ万一ニ備フルヲ得ハ至幸ノミ、臣茂承誠恐誠惶、頓首再拝
二月
徳川中納言茂承
弁事御中
右同人別表写
臣茂承伏テ惟ニ、古今時勢之変アリ、加之方今西洋諸蕃、日々開クルノ際ニ当リ、概論スヘカラサル者アリト雖モ、皇威ヲ張リ万国ト並立ント欲スル、郡県ノ制復セサルヘカラス然シテ勢不可ナル者アリ、今也王政一新、四海帰一ノ古ニ復セント欲スル、徳コレヨリ盛ナルナク、業コレヨリ大ナルハナシ、然シテ其徳業ヲ成ス所以ノモノ、兵馬之力ニ頼ラサルヲ不得、顧フニ猶欠焉スル者アル歟、是其勢ノ不可ナル者也、故ニ今兵備ヲ厳ニシ朝廷ノ基本ヲ固メント欲スル、先ツ現今御領之外遍ク諸侯ニ令シ、其領地十分ノ一二ヲ献セシメ、所謂邦畿千里ノ地ナル者ヲ作ルヲ以テ要トス、既ニ邦畿千里ノ地アリ、於是撫育之方ヲ尽シ、文明ノ化ヲ促シ、以テ富強ヲ謀ル、富強之勢既ニ成ル、然後六軍ノ貙虎唯陛下所令、天下ノ事唯陛下所欲ナリ、其此ノ如クニシテ郡県ノ制ニ於テ、思ヒ已ニ半ニ過クル而己ナラス、盛徳大業、駸々乎トシテ海ノ内外ニ行ハレン、是臣区々ノ鄙衷、不憚忌諱、昧死上言スル所ナリ、臣茂承誠恐誠惶頓首再拝
二月
徳川中納言茂承
御沙汰書写
各通 徳川中納言
有馬中将
大岡越前守
今度土地人民版籍奉還可致之旨、及建言候条云々〈以下第十号、池田中将ヘ御沙汰書同文〉
【黒田隊ヘ御沙汰ノ事】
黒田甲斐守
兵隊
征討出張、遠路跋渉、其労不少候、今般帰陣ニ付、不取敢為被慰軍労、酒肴下賜候事
【山崎、木下任叙ノ事】
山崎寿丸
任志摩守叙従五位下
右宣下候事
○ 木下鐓次郎
任大和守叙従五位下
右宣下候事
【御東幸供奉後衛仰付ラル】
前田宰相中将
今般御東幸ニ付、願之趣モ有之、供奉後衛被仰付候事
○八日〈庚戍〉
【御東幸奉供前衛仰付ラル】
御沙汰書写
有馬中将
今般御東幸ニ付、供奉前衛被仰付候事
【軍功賞典執行ニ付御沙汰ノ事】
軍務官
昨春来、諸藩出張兵数並各所戦争次第、且死傷者姓名取調書取ヲ以、急速可差出旨、被仰出候事
○ 同官ヘ
今般賞典被行候ニ付、御用有之候間、諸道参謀之輩、早々東京ヘ可罷出旨、被仰出候ニ付、右参謀名前一々取調、書取ヲ以、至急行政官ヘ可申出候事
【永井鎮之丞収納米ノ事】
大坂府
其府ヘ預置候下大夫永井鎮之亟、旧年収納米同人ヘ相渡可申事
【前田、一柳両家版籍奉還上表ノ事】
前田宰相中将上表写
御一新後、藩地御改正之儀、被仰出、其節従旧幕府、受封之判物差上置候ニ付テハ、封土之与奪ハ朝議ニ可被為有ト存居候処、此頃追々藩土奉還之儀、建言之趣、素ヨリ於慶寧モ宿意ニ御座候間、何卒々々御一轍之天裁、伏テ奉懇願候、誠恐誠惶謹言
二月
前田宰相中将
弁事御中
一柳因幡守上表写
私家累代、伊予国周敷郡新居郡之内、一万石御預リ申上候処王政御一新之折柄、一先奉還、伏奉仰天裁候、宜御執奏奉願候、以上
二月
一柳因幡守
弁事御中
御沙汰書写
各通 前田宰相中将
一柳因幡守
今度土地人民版籍奉還可致之旨、及建言候条云々〈同前〉
【御東幸御道筋ノ事】
御布告写
今般御東幸御道筋、陸路東海道御治定被仰出候事
但、関宿ヨリ伊勢路ヘ御廻リ神宮御参拝被為遊候事
【諸軍出張先調達金御返弁ノ事】
昨春以来、諸軍出張先、或ハ御用先ニテ、諸藩中下大夫上士並社寺農商等調達金、又ハ献金献米等致候者、追々御返弁被遊度候ニ付、於府藩県、不漏様取調、来ル四月切、会計官ヘ差出可申旨御沙汰候事
○九日〈辛亥〉
【油小路侍従等叙位ノ事】
御沙汰書写
油小路侍従
叙正四位下
○ 中御門侍従
叙従四位下
○ 裏松中務大輔
叙従四位下
○ 四辻大夫
叙正五位下
○ 長谷大夫
叙従五位上
○ 庭田篤麿
叙従五位下
右宣下候事
【宮大臣、近習御無人九門内乗馬被免ノ事】
御達書写
宮大臣、自今九門内、乗馬被免候事
○
近習御無人、此頃御用多ニ付、九門内乗馬被免候事
【刑法官地方監察ノ事】
御布告写
自今従刑法官、監察トシテ諸官府県ヘ見廻リ被仰付候、尤臨時無案内ニテ可罷越間、此段兼テ可相心得旨御沙汰候事
但、御用向相尋候節ハ、無伏蔵可申談、勿論御用書類検閲致度申出候ハヾ、可任其意事
【諸侯伯東京ヘ召集ニ付供連ノ事】
今般諸侯伯及中下大夫上士東京ヘ被召寄候ニ付、供連左之通御定ニ相成候間、屹度相守可申候、若相背キ候者於有之テハ、厳重可被及御沙汰候事
大藩上下 百人以下
中藩上下 七十人以下
小藩上下 五十人以下
中大夫上下 十人
下大夫上下 八人
上士上下 六人
但シ、減少簡易ハ可為勝手事