明治元年85号

太政官日誌第八十五
明治紀元戊辰年秋九月

【奥州出兵芸藩ノ死傷並桂川附近ノ戦】
九月十二日安芸藩届書写三通
奥州口出兵、川合三十良引率人数、七月十五日平潟到着ヨリ同廿八日迄戦争之次第ハ兼而御届申上候処、其節未タ戦争中、死傷等取調、委細報知之上可申上段、去ル十五日御届仕置候処、此度戦死等左ノ通申越候間、此段御届申上候
戦死
一番隊伍長 菅勝之助 佐々木藤三郎
出本健之助 造賀善太郎
二番隊 林熊太郎 <帰営後死>財満兵蔵
深手
一番隊長補 森斐司 織田清之助
鳥越久吉 山路関之助
二番隊長補 南寛助 大谷亀之助
山田亀之進 三番隊伍長 村上清之進
高崎熊蔵 大砲隊長補 築山進之助
二番隊小目付 長冶主税介 森本梅太郎
一番隊銃手 浜松乙次郎 赤坂清十郎
木山為之助 有田熊平
田中佐太郎 木本儀平
金岡徳次良 山岡吉平
二番隊銃手 田口林之助 箕浦良助
宮原千代蔵 二番隊銃手 田中佐仲
加藤善三郎 一番隊銃手 吉川逸平
大砲方 藤本幾太郎 二番隊銃手 南政助
浅手
一番隊長 加藤種之助 和田忠兵衛
三番隊長 藤田太久蔵 一番隊銃手 金谷宮内
二番隊長 岡田善兵衛 三浦重吉
広川喜代三郎 島末平助
篠村順次 織田吾三郎
伊藤卯三郎 武田松三郎
鼓手 松本甚之助 三番隊銃手 土屋良助
太砲隊 荒田才三郎 弾薬持 夫卒 与助
以上
九月十二日
安芸少将内
熊谷兵衛

奥州相馬口出兵、川合三十郎引率人数、七月廿八日、富岡駅エ到着ヨリ八月朔日迄戦争之次第ハ、兼而御届申上候処、其節未タ接戦中、戦死人名、手負人員計、去ル七日不取敢御届申上置候処、此度手負人名、左ノ通申越候間、再応御届申上候
九月十二日
安芸少将内
熊谷兵衛
深手
大砲隊伍長 岸本権平 二番隊伍長 長沢藤四郎
銃手 伊達廸吉 福永久蔵
夫卒 郷助
浅手
一番隊伍長 加藤種之助 大砲隊伍長 高橋謙益
銃手 村上貞吉 荒田才次郎
小村虎之助 陣場松右衛門
田中廉蔵 旗手 中村半三郎
以上

八月廿五日暁四字頃、中三依村ヲ発シ朝九字頃上三依村エ着、夫ヨリ横川表半里前山手エ進軍候処、折柄賊徒胸壁ヲ築造致サント欲居候処エ突然出合、賊徒狼狽奔走致候ニ付直ニ追撃、遂ニ横川表胸壁エ隠潜候ニ付、兵隊三分シ、一手ハ右憤立山、一手ハ左恋路山、一手ハ正面行進、夜七字頃迄頗憤戦、賊徒追払、胸壁エ近クコト数十歩ニ押逼、直ニ突衝嗷噛計ノ処、豈図ンヤ大礟二門車心損シ、殊ニ外藩応援モ無之、且地形不要害、晩景ニ及候ニ付、砲台等堅固ニ構置、一先上三依迄繰上申候、賊徒死傷許多有之、弊藩死傷左之通ニ御座候、此段御届申上候
八月
芸藩
一川主税
浅手
指揮役 菅野徳之助 吉広蔵之進
木村林兵衛 浜野岩助
雇夫 修蔵 雇夫 熊之助
深手
酒井嘉藤太 光井辰三郎
今枝栄一郎 森梅吉
水井順蔵 牧田次郎助
小田太郎 田坂弥平二
松下文蔵 古清水早之丞
渡部幾太郎 寺田幸助
藤田左久間 雇夫 貞次良
戦死
友田織之丞 梶川五郎左衛門
以上
別紙之通、於出先御届仕候旨申越候ニ付、不取敢差出、此段申上候、以上
九月
安芸少将内
熊谷兵衛

【板倉並両酒井差扣被免ノ事】
同月十三日御沙汰書写
各通
板倉摂津守
酒井若狭守
同前少将
兼而差扣被仰付置候処、今般御即位御大礼被為済、改元被仰出候付、今日ヨリ差扣被免候事
九月
【御東幸供奉ソノ他ノ事】
同月十四日御沙汰書写十二通
○【神祇官知事更迭ノ事】
鷹司前右大臣
神祇官知事被免議定被仰付

近衛新前左大臣
神祇官知事被仰付
○【御東幸供奉ノ事】
十津川
徴兵一小隊
右今般御東幸供奉被仰付候条、御道中御警衛向ハ勿論、不慮之備緊要之事ニ付、規律厳重可相守事

徴兵一小隊
右同文言
○【御東幸御留守中皇居御警衛ノ事】
徴兵
今度御東幸被為遊候ニ付而ハ御留守中皇居並大宮御所始、女御御方桂宮御方等、総テ御警衛向、重大之事ニ付、平常節度厳粛相守リ、非常之節、不覚無之様可致事
但徴兵之儀ハ列藩之精兵ヲ以テ御親衛ニ被為充候御趣意ニ付、在京諸藩兵之標準トモ相成候様無之而ハ、不相済候ニ付、向後別テ勉励可致事
九月
○【伊達宰相被聴直衣ノ事】
伊達宰相
春来励勤、格別之思食ヲ以テ被聴直衣候事
○戸田備後守供奉被免ノ事
戸田備後守
御東幸供奉被仰付置候処、依病気願被免候事
○【御東幸ト官家旧習ノ事】
一、今般、御東幸ニ付而者、兼而御布令之通、御道筋宿駅、迷惑不致様精々心ヲ用ヒ、官家之旧習、権威ケ間敷儀、決而不相成事ニ候、若右等之振合於有之ハ厳重御取糾ニ相成、当人ハ勿論、其主人之越度ニモ可被仰付候間、此段末々迄、屹度可申聞事
九月十四日 行政官
○【供奉ノ旅籠人足賃払方ノ事】
一、今般御東幸ニ付、供奉之面々、旅籠並人足賃等払方之儀、銘々ヘ切手相渡置総テ御後出立之出納司ヨリ惣勘定可相成候得共、明後十六日出立之出納司ヨリ凡積ヲ以テ、預メ御下渡ニ相成候間御道筋宿々ヘ其向々府藩県ヨリ支配役人一人ツヽ出張致シ居、請取可申事
九月十四日 行政官
右之通被仰出候間、早々刻付ヲ以、順達可致事
九月
駅逓司
○【播州会津領支配ノ事】
兵庫県
当春播州美嚢郡、加東郡、加西郡之内、元会津領一万七百石余之地所、脇坂淡路守、森越後守エ、取締被仰付置候処、今般其県支配ニ被仰付候間請取可申旨御沙汰候事
○脇坂淡路守
当春播州加東郡、加西郡之内、元会津領九千十二石五斗余之地所、其藩エ取締被仰付置候処.今般兵庫県支配ニ被仰付候間、引渡可申旨御沙汰候事
O森越後守
当春播州美嚢郡之内、元会津領千七百三十一石七斗余之地所以下同文
九月
東北征討諸兵ヘ毛布恩賜ノ事
同日征討諸軍ヘ御沙汰書写
東北征討之諸軍、勇進長駆、已ニ賊巣ニ逼リ捷報日ニ至リ叡感不斜候、然処辺陬之地、追々寒天ニ赴キ、風雪惨苦ニ可至哉ト深ク被為痛聖念候ニ付、格別之思召ヲ以テ、聯為防寒、毛布一着宛賜之候事
九月