慶応4年71号

太政官日誌第七十一
慶応四年戊辰秋八月

【東京行幸被仰出】

八月廿九日御布告写
東京行幸九月中旬御出輦被仰出候事
但、御道筋東海道之事

【供奉ト京阪警護ノ事】

同日御沙汰書写十四通
木戸準一郎
東京行幸供奉被仰付一通御用相済次第早々帰京可致旨御沙汰候事

土佐少将
東京行幸前駆被仰付候事

加藤遠江守
同文

因幡中将
東京行幸後駆被仰付候事

備前侍従
東京行幸供奉被仰付候事

池田丹波守
東京行幸供奉被仰付候間、宗家兵隊引率後駆可相勤様御沙汰候事

備前侍従
末家池田丹波守ヘ別紙之通被仰付候間、其方兵隊附属可致様御沙汰候事

加藤出雲守

御東幸供奉輔相付、被仰付候事

平野内蔵助
御東幸ニ付、女房旅中取締被仰付候事

薩摩少将
今般御東行被為遊候付、京帥御警衛被仰付候、御留主中諸取締向別而至重之事ニ付、緩急之節ハ不及申、平常取締方、精々厳重可取計旨被仰出候事
八月

長門宰相
右同文
但長門守儀、先般帰国御暇願之通、暫ク御許容候処、不遠上京ニ付而者、其方儀者、兼而所労之趣モ有之事ニ付、長門守京着之上、帰国可為勝手候事
八月

肥前少将
今般御東幸被為遊候ニ付而ハ、御留主中京師諸取締向、別而至重之事ニ付、其方人数ヲ以警衛被仰付候条、緩急之節ハ不及申、平常取締方、精々厳重可取計旨、被仰出候事
八月

彦根中将
右同文
八月

黒田美濃守
今般御東幸被為遊候ニ付大坂表警衛被仰付候、就而者海陸要衝之地、御留守中諸取締向、別而至重之事ニ付緩急之節ハ不及申、平常取締方、精々厳重可取計旨、被仰出候事
但先般長州兵隊、北越ヘ被差向候節、其藩所持之軍艦、至急ニ御用被仰付候ニ就而者、其方上京之儀、暫ク御猶予被仰出候趣モ有之候得共、此度早々上京候様御沙汰候事
八月

【越後長岡附近ノ戦況】

同日尾張藩届書写
去月廿四日夜、長岡ヘ賊徒忍入、所々放火、諸藩陣場夜襲、藩々尽力之処苦戦之趣、廿五日暁以来追々小知谷ヘ報知有之候付、即刻弊藩津田九郎次郎一隊、妙見村ヘ高橋民部一隊浦村ヘ出張為致候、右変動ニ付、諸藩小荷駄方散乱之趣相聞候付、同所民政局ヘ掛合即時兵糧為焚出、三仏生村ニ於テモ為焚出、妙見等ヘ引上候、諸藩隊々ヘ運輸仕、其後モ日々為焚出申候
九郎次郎隊妙見ヘ出張之上、六日市蛇山之方ヘ一同進軍、本道、間道二ケ所ニ土塁築立長岡ヨリ引上ケ候長州、松代兵ト戮力守衛、昼夜不断斥候差出、諸藩ヘ兵糧弾薬等通融、廿六日薩長両藩三小隊繰込候付、本道、間道両所之土塁、右兵ト交代、同夜中妙見ヘ引上ケ、見張巡邏無間断取計候、然処、賊徒蛇山村ヘ入込、土塁築立屯集、廿七日山県参謀差図ニ因テ、九郎次郎右ノ半隊滝谷村峠ヘ陣取左ノ半隊ハ本道ト堤之間、畑中ニ土塁三ケ所築立、斥候巡邏等厳重守衛候処、賊徒頻ニ発砲、弊藩ヨリモ相応シ、交互連発、同日官軍追々繰込、廿五六小隊ト相成、臨期二三百人前、或五六百人前兵糧、九郎次郎隊中ニテ昼夜紛骨無滞運輸仕候、二十八日官軍猶又繰込三十五六小隊ト相成、発砲候得共、賊徒不応、廿九日長州干城隊一手、東方山上ヨリ十日町之際ヘ押出、官軍東西南三方ヨリ、一時ニ進撃候処、賊敗走ス、官軍勝利、此時九郎次郎隊ニテ、討取、分取等有之、薩長並九郎次郎隊共四五隊ハ駐隊、土塁厳重守備候処、夜ニ入、関原参謀ヨリ差図ニ困テ、九郎次郎隊妙見マテ引上固守、翌朔日小知谷ヘ引上申候
廿七日分隊候九郎次郎右ノ半隊ハ御親兵ト併合、廿九日朝長藩参謀差図ニ因テ、村松村ヨリ山手ヘ、順路長岡ヘ進軍、夫ヨリ富島ヘ進ム、此時賊一人アリ、追駆シテ宮地、浦瀬ノ間山手ニ至リ、右賊ヲ注目発砲候折柄、山上ヨリ賊徒小銃連発、味方ヨリモ発砲、数刻ニ及ヒ候処、賊発砲稀ナリ、陣後富島ヨリ官軍多勢、鯨波ヲ発シ進軍、賊山上之台場ヨリ浦瀬ヘ下リ、椿沢村ヘ逃去候付、薩長、高田初同村ヘ進軍、九郎次郎隊ハ浦瀬村之峠ヘ進撃候処、賊山上ヨリ小銃五六発、黄昏村民三十人計引率、鬨ヲ作リ山上ヘ進ム、賊遁逃ス、因テ同夜浦瀬村ヘ引揚、翌八月朔日朝薩長両藩ノ差図ニ因テ、御親兵ト併合、栃尾ヨリノ要路乙吉村峠固守、午刻過長州八番隊十番隊、栃尾進撃之由、申半刻頃伝聞ニ因テ御親兵ト戮力進軍之儀談合中、及黄昏候付、山下比礼村ニ宿陣、翌二日見附宿巡邏、三日朝小千谷ヘ引揚候様、長藩ヨリ達ニ付、引揚申候
浦村ヘ出張之高橋民部隊ハ、廿五日手配中長州参諜ヨリ差図ニ因テ、浦村ヨリ下手渋海川境マテ一里半余之処固守候様、達有之候処、一小隊之人数ニテハ充実之固守不行届無余儀両三人ツヽ、所々ヘ分配、全斥候番兵之心得ヲ以テ守衛イタシ、援兵ヲ乞候処、二十七日高田、富山之両藩二小隊程加勢ニテ守備、時々川ヲ隔テ砲戦、二十九日暁ニ至リ十日町之方ニ砲声劇敷、妙見ヨリ官軍総勢進撃、賊徒敗衄、川向ヒニ群リ潰走ス、川越ニ発砲、浦村続キ中島村マテ敗賊ヲ横衝砲撃シ、午後川ヲ渡リ、十日町辺之残賊掃撃、長岡ヘ進入候様、関原参謀差図ニ因テ、所々探索之処、賊一人モ不見、其夜長岡宿陣、進退大島出張之参諸ヘ問合候処、森立峠ヘ進軍候様達ニ付、八月朔日朝繰出候処、猶又長岡会議所ヨリ、今町相固候様差図ニ付、加州藩一小隊ト右村巡邏斥候等差出、固守罷在候、此時弊藩ヘ分捕之物品別紙之通御座候、川袋脇川ヘ出張罷在候、弊藩中川庄蔵隊ハ去月廿九日午刻、大監察荒尾駿河ヨリ差図ニ因テ分配、一小隊程ノ人数、川ヲ越ス、裏手ヘハ加州勢出兵、庄蔵分隊ハ川通リヲ進ミ、天神村ヨリ川辺村、関根村、宮内村、長呂村、島田村辺迄賊徒屯集之処々撃掃進軍ス、右ノ節、分捕別紙之通ニ御座候
同日夕川手前ヘ移陣固守、猶為斥候長呂付ヘモ人数差出候、然処、与板会議所ヨリノ差図ニ因テ、翌八月朔日中条付ヘ進軍、翌二日地蔵堂ヘ繰込、直ニ下粟生津付ヘ出兵、右駅守備、吉田村ヘ斥候差出、賊兵右駅守備、吉田村ヘ斥候差出、賊兵四人生捕、地蔵堂会議所ヘ差出申候
原村ニ、松代藩ト合陣、出張罷在候弊藩井野口久之丞隊ハ、松代藩申合、八月朔日朝、信濃川堤ニ対陣罷在候賊塁ヘ押寄候処、賊已ニ遁逃、依而右台場掛小屋トモ都合四ケ所焼払、馬越村ヘ出進、直ニ右ノ半隊ハ松代藩ト合併、田尻村ヘ進軍、猶又同夜大川津村ヘ進ミ翌二日熊之森付ヘ繰出シ候、左ノ半隊ハ馬越付光源寺ヘ対陣、同三日熊之森村ヘ著到仕候
右之趣、北越ヘ出張罷在候弊藩先鋒総括千賀与八郎ヨリ遂注進候付、不取敢御届申上候様、大納言ヨリ申付越候間、申上候、以上
八月廿九日
尾張大納言家来
尾崎八右衛門

浅手 千村平右衛門家来 伊藩鎌次郎
右ハ六月廿二日、越後国半蔵金村ニ於テ戦争之節、手負仕候、此段御届仕候
八月廿九日

奥州盛岡領郷士脱走
臼沢慶蔵
信州高遠領郷士脱走
原野只一
越後与板領走出村庄屋
松宮隆太郎
麓村
彦三
右之者共、弊藩中川庄蔵隊、粟生津付ヘ出兵吉田村辺ヘ、鈴木富五郎初十一人、斥候旁付々賊兵為探索差遣候節、生捕、一ト通リ吟味
之上、地蔵堂会議所ヘ差出申候
右之者共所持之品、左之通
臼沢慶蔵
大小 一腰 風呂敷包 一箇
胴巻 金丗四両二分入ル 一ツ
原野只一
大小 一腰 風呂敷包 一ツ
胴巻 金廿三両二朱入ル 一ツ
松宮隆太郎
赤毛トン一包之内
白小旗 一本 書類 一巻 但手帳並越後図トモ
紙入 一ツ 胴乱 一ツ
紙類入皮篭 手道具入皮篭 金一歩二朱入リ
内違 金五十三両入り 切袋 金三朱ト銭一貫五百文入ル
両口袋 品々入ル
切袋 銭九貫九百文並蝋燭田業粉入ル
脇差 一本 衣類挑灯等 六品
彦三
風呂敷包 一ツ
右之通御座候、以上
八月

小銃 タス共 一挺 刀 一腰
刀身 二本 袴 二ッ
毛織襦袢 一ツ 錦袖印 一ツ
割羽織 二ツ 帷子 二ツ
筒袖羽織 一ツ 単物 三ツ
汗襦袢 一ツ 綿入 二ツ
股引 二ツ 毛皮 一枚
筒袋 一ツ 書物 一束
書付類 一束 弾薬 二包
猿殿中羽織 一ツ 筒袖襦袢 五ツ
風呂敷 二ツ 両口袋 一ツ
細帯 一ツ 紙入袋 一ツ
右弊藩高橋民部、浦村ヨリ今町迄進軍ノ節分取ル
賊一人 討留 小銃 一挺 刀 一腰
右十日町戦争之節、弊藩津田九郎次郎隊、分取ル
兜 一ツ 臂罩 一ツ
槍 二本 刀 三本
脇差 十五本 長鳶口 一ツ
小銃 六挺 貝 一ツ
三十目銃 一挺 小旗 四本
笠 十蓋 雑具入長持 一棹
大砲車 六挺 渋紙包 雑具入 九ツ
風呂敷包 十一 小道具類 品々
雑具入葛篭 十二 箪笥 雑具入 四棹
毛トン包 一ツ 紙包 一ツ
右川袋ヨリ進軍之節、弊藩中川庄蔵隊ヘ、分捕ル
車台大砲 一丁 凡三貫目計
弾薬 但絵符ニ米沢藩福島源作ト記ス
右同節、大監軍荒尾駿河斥候之者ト中川庄蔵斥候之者ト両人ニテ分捕ル
但右品物、荒尾駿河陣所ヘ相廻申候
ナポレオン加農玉 六箱
三貫目破裂丸 九ッ
鉄葉弾 三ツ 火薬 七貫目
小銃弾薬 二箱 替火門 十一
焼玉 八ツ 槍 二本
雷管入 二ツ 小旗 一本
火茰 三十本 蝋松脂硫黄 一箱
右於馬越村、弊藩井野口久之丞隊ヘ分取ル
元込弾薬 一箱
右於熊之森村右同人隊ヘ、分捕ル
右之通御座候、以上
八月廿九日